福井の旅

千葉大医学部の先輩、牧野康彦先生(S61卒)が2001年に亡くなられて既に12年。優秀であるだけでなく、真摯で熱く、そして優しい先生であった。私が短いながらも所属した旧第一内科腎臓グループ、それを選んだ理由の一つは、そんな牧野先生に誘って頂いたことがあげられる。
 
脈絡も無く牧野先生を突然思い出したわけではない。11/19の夜、牧野先生の写真を偶然にも見たのだ、それも福井で。医学部3年生の「腎臓内科」講義にお招きを頂いた福井大腎内の岩野教授は、なんと牧野先生と同時期にUniversity of Pennsylvaniaに留学されておられたとのこと! 教授室にはEG Nelson教授らのグループの集合写真が飾ってあり、その中にあの懐かしい牧野先生も映っていたのだ。
 
「大学内でも治安が良くないので、一人で帰るのは危ないからと、私の仕事が終わるまで待っていてくれて、一緒に帰ったものです」と岩野先生。「亡くなられる1週間前に病室を訪問した際に、もうろうとする意識の中で手を握りながら、自分(岩野先生)のことを心配してくれました。牧野先生には世話になりました。」
 
1998年にPhiladelphiaで米国腎臓学会ASNがあった。留学中の牧野先生と合流し、U Pennのラボ見学をさせて頂いた後、一番の?観光名所だからと美術館に連れて行ってもらった。そこにあるルノワールの絵を見て、「この美術館に来る度に、この絵のような女の子が欲しいんだよねー」と言っていた牧野先生。3人の息子さんに続いて、その後待望の娘さんが生まれたことを年賀状で知った。それから程なくして入院の知らせ、そして驚きの訃報を留学中のフランスで受けた。待望の娘さんが生まれたばかりなのに、、、
 
その1998年のASNの際、当時千葉大病理学助教授だった秋草先生、牧野先生、そして私の3人で食事をした。これからは千葉大からも毎年ASNに演題を出して、千葉大にも腎グループあり!と盛り上げて行きたいね、と皆で語り合った。あれからもう15年。Philadelphiaの夜の3人でアカデミックにいるのは私だけ。
 
岩野教授から来年以降もお願いしますと有難いお申し出を頂いた。今年3月に定年を迎えられた福井大薬理学の村松先生からのご紹介で始まった関係と思っていたのに、そこに15年ほど前の牧野先生との思い出が交錯し、新しい関係がスタートする。一つのバトンを受け取っただけのつもりが、裏に隠れていた別の色が加わってさらに新しい色のバトンになる世の中の不思議。
 
親から自分へ、そして自分から子へ。いろいろな色が混じりながらも継承されて行かれる思い、魂?。様々な人間が様々な方法で様々な思いを伝えて行く事。まだ認めたくはないが、人生の半ばを過ぎた人間がそろそろ本格的に取組まねばならない事かな、と感じた福井の旅でした。
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