あれからさらに4年、父の命日

2020.11.7
今日は土曜日と言うことで、42回目の父の命日のこの日、朝9時半に新小岩でレンタカーを借りて、母のいるホームに向かい、母を連れて父の墓のある千葉に向かいました。

ここ異能塾に2016.11.6に「父の命日と母」と言うポストをしましたが、今回のタイトル「あれからさらに4年」と言うのはこのポストを受けてのことです。

父の命日と母

今読み返してみると、既にこの時には認知症が始まっていたのだな、とわかりますね。わかっていなかったのは私なんですね。この時は80歳、4年後にはホームに入所しているとは予想しておりませんでした。

1週間前に訪ねた時には、施設の方に「息子さんが、、、」と言われたのに反応し、「違いますよ、主人です!」と言い返した母(汗)
さらに持って行った父の遺影をタンスの中にしまっていて、「あ、あなたの写真はここに入れたのよ!」と言う母。あれ、俺もう死んでいたのか!(苦笑)

今日は果たしてどう反応するか、と思ったのですが、「今日は父さんの命日だから、墓参りに行こう」と言うと、「あれ、そうだったの!、覚えていてくれて有難う」と、一応今日は息子の私のようです(苦笑)。

京葉道路を走り、貝塚から一般道へ。助手席から見えるもの全てに反応する母。看板を読んでは話し、建物を見ては話し、まさに子供のような見て、感想言って、終わり、の繰り返し。
何も否定せず、ただ「うん、うん、そうだね、うん、どうかな」と相槌を打つだけの私。
話が止まらないのはテンションが上がっているからかな、と。まあいいことですが。

墓地に続く道に入ると、「あれ、ここは前に来たわよね。前はここのお店(墓石を購入した石材店を指差し)に寄っていたのよね」と正しい記憶を示す。やはり古いことはしっかり覚えているようで。
入り口近くの石材店でお花を購入し、墓地に入ります。車を止めて、父の墓へ。

ここは公園でもあるので墓地の周囲には多くの木々があるのですが、こちらはちょうど紅葉のシーズン?のようでした。


懇切丁寧にお墓をきれいにする母。「ずっと来ていなかったからね」と言うのですが、確かに老健に入所した2月に来て以来なので約9ヶ月ぶり。まあ春と秋のお彼岸に、お盆、そして命日と年に4回来ていた中で、お盆と秋の彼岸に来なかったのは、やはり体が?、記憶が?、魂が?、物足りなさを感じているのかもしれないですね。

墓参りが終わったのが11時ごろ。3時には戻りますと伝えてあるので、まだ時間があります。そこで墓参り後によく出かけた「海」に行くことにします。

東金街道から東金九十九里有料道路を経て、目指すは「サンライズ九十九里」!
12時前には無事に到着。但し、生憎の曇り空のため、青い太平洋には出会うことは出来ませんでした。

ここで母と二人でお昼に。メニューを見てもなかなか決まらない母。
で、大抵注文後に「まだ頼んでいないんだっけ?」と言い、頼んだはずのものが来ても「こんなの頼んだっけ?」と言うのがいつものパターン(汗)

なので、とにかく母が食べたいとこの時に思うものを注文することに。さらに私とははで違うものを頼むと、それはまた「そっちの方が良かった」、「私のものを食べたいでしょ?」と無用な気配りをしてくるのがウザい(苦笑)ので、同じものを注文するのです。

で、今回はアジフライ、なめろう、イワシの薄造り、がのった「九十九里御膳」を注文。4年前とは違い、「美味しいわね」を連発。
いや、どうも最近匂いを感じなくなって来ているようで、本当は味がわかっていないのではないか、と疑っているのですが、どうも私と食べていると美味しいと感じるようで、まあそれはそれで店に文句を言わなくて助かりますから、それ以上は調べないことにしています(苦笑)

さて、12時半になったので、そろそろ、と言うことで席をたち、1階の売店へ。
トイレに行って戻ってくると、母はお土産屋さんのお土産コーナーではなく、アクセサリーのコーナーにいます。そう、まだ一人の時には、服やアクセサリーが好きで、それらを買っては人にあげたりして、そう言うことをやっていたようですから、施設に入り、それが出来ないことは残念なことなのでしょう。
とはいえ、もう自分がどこにいるかわからない人をいくら好きなこととはいえ、もうやらせることは出来ない、のが悲しいですね。

「こんなの酒のおつまみにどうなの?、私が買うから!」と出してきたのが焼きイワシに炙り小イワシ。結局私が買うのですが(苦笑)、このパターンは認知症になる前からですので、母は現金を全く持ち歩くことがなくなった今も昔もこうであることは、もしや確信犯だった、、、なんて(笑)

そろそろ13時。店を出て、海岸にでも行こうかと思って外に出ると小雨がパラつきます。う〜ん、これでは海はダメか、と思い、この日はこれで戻ることに。

施設に戻りがてら職場により、持って行こうとして置きっぱなしの、歯磨き粉、歯ブラシ、入れ歯洗浄剤、タオルなどを取りに行き、ついでに来年3月で終わりになる今の医学部本館、そして自分の教授室でも見せよう、と思いたち、九十九里からいちろ亥鼻を目指します。

30分とちょっとで亥鼻に到着。土曜日なので正面玄関前に車を止め、建物に入ります。その前に昔から変わらない?掲示板の前で記念撮影。
「ここで合格発表がされたんだよ」
「あら、そうだったの。私は入学式しか行かなかったからね」
本当に覚えているのかどうか、、、

自分の教授室を見せても、「散らかっているわね、私が今度来て掃除してあげるから!」とのこと。まるで一人暮らしの息子の部屋を訪ねて来た母親の感想。
まあ、母からしたらその程度ですね(苦笑)

さあそこからまた都内のホームを目指します。
「これからどこに行くの?」
「う〜ん、どこかな〜」
騙すわけではないですが、もう家には帰れないんだよ、とはいつも言えないですね。

午後2時には無事に到着。部屋まで送ります。
「あ、病院に帰るのね」
そうか、母はここを病院と思っているんだ。

「さあ、おやつだから向こうに座りましょ」
とスタッフの方の声かけでそちらに向かった瞬間を見計って私は退室。
夕方になると「帰りたい」とフロア内を徘徊しているらしいので、まだ自分がここにいるべきではないと思っているのでしょうね。ここがどこかもわからないのですがね。

母を置いて一人レンタカーを返しに向かいます。最近よく?通る一之江橋からの空。寂しさとともに少し解放された安堵感が出てきます。

車を返し新小岩から三鷹へ。三鷹駅からは徒歩で帰宅。

夕暮れにはまだ少し早いのですが、見上げれば秋の空。

帰りがけに近所の書店により、いつもの「歴史街道」とまた山さんぽの本を購入!
身近なお店が潰れてしまってはいけませんので、出来るだけ近くの本屋で買うようにしています(言い訳ですが、笑)

42回目の父の命日が終わりました。

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